← Notes

バラと王子さまのあいだで

本棚を整理していて思い出した話。
「星の王子さま」を改めて読み返したので、その感想も書いておく。


中学校で「星の王子さま」を読むのがトレンドになっていて、当時の私は文芸に大きく興味が湧いていたので、もちろん早く読み終えていた。
大人のための話と大きく謳っている割に、内容が幼くてピンとも何とも来なかった。
数年経つと、もう登場人物しかうっすらとした記憶に残っていなくて、バラとキツネがいたことだけは自信を持って言える。

日本に来てから、友だちに箱根にある「星の王子さまミュージアム」(※ 今はコロナ禍で閉園になったらしい。本当に残念の極み)に連れてもらって訪れた。
事前にもう一度さらっと読んでいたので、馴染みのあるキャラクターやシーンが続々と目に入って、深い意味もなく雰囲気を楽しめていた。

ミュージアムには王子さまとバラにまつわる展示やグッズが多くて、「そういえばこの二人、なんの話だったっけ」と思いながら、家に帰ってじっくり読み返した。読み終えたとき、大人のための話というのは本当だったと思った。

王子さまの星に、それまでの他の花とは違う特別な花の種がやってきて、そこからバラを育てていた。
バラは素直になれず、「好きだよ」「そばにいてほしい」と伝えられず、すねたり試したりしていた。
王子さまはまだ幼くて、バラの愛情を理解できず、気持ちも受け止められなくて、旅に出ようと決めた。

お別れの際に、バラはようやく弱さを見せた。
「わたし、バカだった」「ごめんなさい。幸せになってね」
最後の最後に、バラは強がって気丈に王子さまを送り出した。

王子さまは旅でいろんな出会いをして、地球でたくさんのバラにも出会った。そしてようやく、自分のバラは唯一だから特別なのではなく、自分が時間を費やしたから、愛情を注いだから、特別になったのだと気づいた。
旅でなつかせたキツネからは「なつかせたもの、絆を結んだものには、責任を持つんだ。きみは、きみのバラに、責任がある」と教わった。

王子さまはその後、自分のバラに会いに帰ろうと決めた。
バラは王子さまを待っていたのか、二人はそれから幸せになれたのか、私たちには分からない。

それでも、バラは変わっていた。
愛し方がどんなに不器用であっても、お別れの場面では、愛されたい自分から一歩進んで、相手の自由や旅立ちを受け止めていた。
王子さまもまた旅で、相手の不器用さや弱さまで含めて理解できるまでに成長していた。

この物語を最初読んだとき、王子さまもバラもどこか幼く見えていた。
なぜもっと素直に言えないのだろう、なぜそんなに面倒なすれ違い方をするのだろうと。
でも大人になってから読むと、むしろ人は、大事な相手に対してこそ、うまく話せなくなるのだと分かる。
傷つきたくないからではなく、雑に渡したくないから言葉が濁ることもある。失いたくないからこそ、変に強がってしまうこともある。

「好きだよ」と言うことより、「幸せになってね」と言うことのほうが、ずっと難しい場面がある。
それは諦めの言葉ではなく、自分の欲しさよりも相手の自由を前に置こうとする言葉だからだと思う。
きれいごとに見えるかもしれないけれど、本当に大事な相手の前では、そういう不器用な優しさしか持てない瞬間がたしかにある。

王子さまは旅の中で、自分のバラが特別だった理由を知った。
世界に一輪しかないからではなく、自分が世話をして、気にかけて、時間を使ってしまったから特別になった。
特別さは、運命が最初から保証してくれるものではなく、気づけば自分の手で育ててしまっているもの。

物語が救いになるのは、不器用さそのものを否定しないからだ。
うまく愛せなかったこと、遅れて気づいたこと、素直になれなかったこと。そういうものを全部抱えたままでも、人はなお誰かを大切に思える。
大切に思ったこと自体が消えるわけではないし、その時間が無意味になるわけでもない。

たぶん、大人になるというのは、最初から上手に愛せるようになることではない。
自分の不器用さや相手の弱さを見たあとで、それでも相手を悪者にしないことなのかもしれない。
すれ違いがあったことと、大事だったことは、同時に成り立つ。
苦しかったことと、幸せだったことも、たぶん両方とも本当なのだ。

王子さまとバラのその後は分からない。
でも私は、分からないままでいい気もしている。
必ず結ばれたと決めてしまうより、帰ろうとしたこと、送り出したこと、その時点で二人が少し変わっていたことのほうが、ずっと大事に思えるからだ。
結末の保証より、相手をどう思ったかのほうが、人を長く支えることもある。

昔は、この物語が「大人のための話」だと言われてもよく分からなかった。
今なら少しだけ分かる。
大人になるほど、人は上手になるのではなく、むしろ簡単には割り切れなくなる。
好きだった、でも苦しかった。離れた、でも大事だった。戻りたい、でも同じ形では戻れない。
そういう矛盾をきれいに解けないまま抱えて、それでも前に進もうとする人のための話なのだと思った。

※ 写真は2014年に箱根の「星の王子さまミュージアム」を訪れたときのもの。